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認知的不協和って?

みなさんこんばんわ!
高校とかはもう夏休みに入ってるのかなー
でも大学生はテスト真っ最中・・・
早く夏休みにならへんかな

あたしは授業に出て真面目に聞いているんやけど,
それでもこの時期になるとやっぱり緊張してきます。
授業に出てる人は経験あるかもしれへんけど
あたしはよく友達から「代わりに出席表出しといてくれん?」って頼まれるんです。
あたしもたまに寝坊しちゃったりとか用事で行けんかったりとかあるんで,
「しょうがないんかなー」と思って頼まれたときは基本的に出しとくんですけど
たまにそれだけじゃ済まへん人がいるんです。
何回かしか話したこと無いのに,出席表の提出を全部あたしに頼んでくるんですよね
出席は不定期にしかとらないし,毎回出るのは面倒くさいのもわかるんですけど
さすがに全部人任せはちょっと不公平やなぁって思ってまいます。


そんな時!
最近心理学の講義で認知的不協和理論というものを勉強して
もしかしたらその子の行動はこれで説明ができるんじゃないかと思って授業をもとに調べてみました。
それでわかったのが,人は自分の中で矛盾する認知を抱えた時
自分の行動や態度を変えることによってそれを解消するってことです。
ちょっと難しいからこれから説明します

img001_20120724203559.jpg
 
 単位をとるために授業に出る ― 授業に出れば単位がとれる

認知的不協和理論を友達の例で説明するとこんな感じで
授業に出ることと単位がとれるということで協和(矛盾していない状態)になるわけやね。

img004.jpg

 単位をとるために授業に出る ― 授業に出なくても単位がとれる

でも,授業に出る必要がなくなってしまったので彼の中で不協和,矛盾してしまったんです。
本当は出なきゃいけないんですけどね!

img003_20120724203559.jpg

 授業に出ない ― 授業に出なくても単位がとれる

その矛盾を解消するために,このように「授業に出る」行動を変化させてもたんですね。
このように「授業に出ない」行為は,心理学で説明ができます。


 この認知的不協和理論を提唱したレオン・フェスティンガーさんは、単純な作業を行わせた学生に対して報酬を支払い、その後同様の作業をする学生にはその作業の楽しさを伝えさせるという実験を行いました。
実際には

 面白くない単純な作業 ― 楽しさを伝える

となって不協和が起こるんやけど、この時、報酬の多い少ないで楽しさを伝える度合いが異なる事を確かめました。
報酬が少ない学生は、報酬が多い学生よりも楽しさを伝える度合いが強くて
本来は割に合わない報酬に対して「面白かったのだからちょうどいい」という風に認知を変えることで矛盾を解消しているとしました。


 ここまでの感じやと,なんかいいイメージを持たへんかもしれないですね。
そこであたしなりにこの理論の有効活用法を考えてみました。
たまに授業のあとの遅い時間に一緒に帰る男の子がいるとします。(あくまで仮定ですよ泣)
その男の子に時間が遅いから家まで送ってくれるように頼みます。
そうすると,たとえ私のことを元々好きではなかったとしても

「僕はなんで浜ちゃんを家に送るのか?」
         ↓
「きっと僕は浜ちゃんのことが好きなんだ!」
         ↓
「そうじゃなきゃ家まで送るという僕の行動は矛盾してしまう!」

という心理が働くはずです。
これをこつこつと続ければ,いつか彼が私のことを...みたいなこともあるかもしれないですね
まぁこれについては,あたしの主観も入っているのでアレですけど,認知的不協和の理論は覚えておくと何かの役に立つかもしれないですよ。


ただ,学生の本分は勉強なので,皆さんは単位の為だけじゃなくて自分の教養を深めるためにも授業に出ましょうね!




●参考文献
A Retrospective Review of Festinger’s A Theory Cognitive Dissonannce




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コメント

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マザー・テレサさんのこと

 題 : マザー・テレサさんのこと

 マザー・テレサさんが、初めて、インドの社会に入って行っ
た時は大変でした。
 彼女にあったのは自分の志(こころざし)だけ。
 彼女を受け入れたのは、インドの「ヒンズー教の方たち」で
した。
 彼女の活動のための家を貸し、彼女の活動のための手助けの
人達が駆け付けました。
 元々、マザー・テレサさんのやりたい志の事は「ヒンズー教
の方達はしていました」。
 だから、正確に言えば、「マザー・テレサさんが、志を同じ
くする人たちの中に入って行った」なのです。
 ヒンズー教の方達は、多神教。
 イエス・キリストやマリアもヒンズー教の神々の一人として
いる宗教。
 この様な宗教教義の面からも、マザー・テレサさんもスムー
ズに受け入れられました。
 一神教のキリスト教には「異教徒を殺せ」の教義がある様に、
異教徒を忌む宗教ですので、この様なスムーズな受け入れとは
ならなかったでしょう。
 マザー・テレサさんは、最初、キリスト教からは、まったく、
孤立無援。
 手助けはヒンズー教の方達だけでした。
 彼女が、アメリカの映画の題材にされ、注目されるようにな
って後、キリスト教が、今までは何も彼女に注目せず、手助け
もしなかったが、世界の注目を集める様になってから、彼女と
行動をする様になった。
 今、キリスト教は、彼女を「広告塔」にしていますが、そし
て、ヒンズー教の方達は黙っていますが、真実は、この様な経過
をたどった。
 マザー・テレサさんが「ノーベル平和賞」を受賞しましたが、
同時に「ヒンズー教の方達も受賞すべき」でした。
 ノーベル賞選考委員はキリスト教徒だけ、その点、「お手盛
り」となった。
 インド政府は、彼女が亡くなられた時、国葬として大きな葬儀
を行ないましたが、キリスト教組織にも、この様な、大きな度量
が欲しいところです。
参考URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
  URL: http://32983602.at.webry.info/

Re: マザー・テレサさんのこと

今田さん、こんばんは。
返信遅くなってしまってすみません。

マザー・テレサさんの業績は有名ですが、ヒンズー教の方たちの助力があって成り立っていたものなんですね(*´∀`*)

コメントありがとうございました!
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Author:浜&南
心理学部二回生の浜と南です♪

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